14時ごろ家を出て
(中略)
梅田の地下のディアモール入り口付近をジュンク堂に向かうために
といってもジュンク堂まで地下道で繋がっているわけではなく
新地のあたりで地上に出ないといけないのだがとにかく歩いていると向こうから
(中略)
17時ごろジュンク堂に着いて探していたロブ=グリエ
(中略)
ベルリンブックスでカセットを
(中略)
筋をひとつ行き過ぎて左折して左折すると10mくらい先の店の前に木下さんと古池さんがいて
挨拶をして店に入ろうとするとドア越しにしゃがんでレコードを漁る宇波さんが見えて
挨拶をしていつも「com+position」に行くと江崎さん木下さんを始め
会場で出会うのはみんな先輩ばかりでちょっと緊張してしまうのだが
今回は宇波さんと古池さんもいてさらに緊張してしまう
といっても日常生活と比べてちょっと緊張するだけだがそのちょっとは割と大きくて
要するに私は「先輩」という存在に慣れていなくてかといって苦手なわけではなくて
銭湯に行ってスチームサウナで偶然一緒になったじいさんとかおっちゃんに
いろんなはなしを聞いてみたい衝動に駆られることもしばしばで
今回のcom+position3は
最初に木下さんの曲「雨の日(その時思いついたものらしいので仮のものかもしれない)」
次に古池さんの「33×33」
休憩を挟んで宇波さんの「阪急六甲の思い出」
最後に江崎さんの「オセロ2」の4曲が演奏されて
2006年に神戸と大阪で開催された「com+position」の前身(といってもいいと思う)
「杉本拓作曲作品演奏会」から欠かさず「com+position」に通っているのは
私が杉本さん宇波さん江崎さん木下さんみつ君などがやっている作曲の試みについて
全く分からないからで分からないといってもポジティブに分からないというか
[分からないから面白い]から[分かって面白い]に至りたいとかそういうわけではなく
とにかく分からないから通うのであってかといって分かったら行かなくなるかというとそういうわけでもないが
分からないというのはいま試みられている「作曲」のコンテキストを共有していないからで
というのは平田オリザ「演劇入門」の受け売りだがもちろんそれだけではなく
私の「作曲」における読み書きの能力(分かる能力?リテラシー?)は
楽譜を読めるかどうかという次元から始まってあらゆる次元において貧弱であって
なんとか自分の力で楽しめるように頑張っているところであるが
たぶん別に頑張らなくても楽しめるものでもあると思うが
とにかくもっとたくさん何かを受け取りたいというわけではなく
もっとたくさんの考えるきっかけを探したいというだけで
とにかく今回は私にとってのとっかかりだけ列挙することにして
木下さんの曲「雨の日(その時思いついたものらしいので仮のものかもしれない)」は
ものすごく単純にいうと少しの間隔を置いて
宇波さんはギターでハーモニクス江崎さん古池さん木下さんはロングトーンを繰り返すもので
あくまでもものすごく単純にいってこうなのであって実際はもっといろいろあって
たまにそれぞれのピッチは変わるが私に残ったとっかかりは
江崎さん古池さん木下さんのロングトーンの長さには
たとえば江崎さんと古池さんは同じ長さ木下さんは短いとか
意図的なムラというか凸凹があってそれが妙に意識にひっかかって面白くて
それが何かは今後分かるかもしれないし分からないかもしれないが
古池さんの「33×33」は3つのパートに分かれていて
最初のパートが終わった時にうっかり拍手してしまったが
最初のパートは江崎さん古池さんのトランペットとトロンボーンで単音の掛け合いのような感じで
2番目のパートは古池さんの指揮の元に木下さん宇波さんの2人か江崎さんも加えた3人かは記憶が定かではなくて
3番目のパートは古池さんの指揮の元に木下さん宇波さん江崎さん3人で
古池さんの曲で感じたとっかかりは
宇波さんが規則正しくギターの単音を弾くなか木下さんのバイオリンが
妙なタイミングで入って妙なタイミングで出て行くところで
そのズレというかぶつかりが面白くて
それが何かは今後分かるかもしれないし分からないかもしれないが
宇波さんの「阪急六甲の思い出」はものすごく単純にいうと
間隔を置いてみんなでボーンというくらいのロングトーンを繰り返すもので
あくまでもものすごく単純にいってこうなのであって実際はもっといろいろあるのだが
一番強く残ったとっかかりはそれぞれの楽器のスタンダードな音色で統一された曲の中で
4カ所だけ古池さんのトロンボーンの息音が入っていることで
このことで構造と楽音の関係はどんなものなのか改めて気になったし
構造と楽音の関係と構造と非楽音の関係の違いがあるのかないのか
あるならどんなものかないならどうしてかも気になって
それが何かは今後分かるかもしれないし分からないかもしれないが
江崎さんの「オセロ2」はその名の通り
江崎さんと宇波さん古池さんと木下さんという二組でオセロをやって演奏していくもので
具体的なやり方は割愛させていただいて見るのは2回目というかこの曲が演奏されるのも2回目なのだが
とにかく面白いのはオセロの論理と作曲(演奏)(音楽?)の論理が同じ時間軸に乗って平行に進んで行くことで
今回それがさらにふたつ重なっていて単純極まりないのになんだか情報量は多いというか
情報量で語るのはたぶん間違っていてなんだか分からないが妙な刺激があって
演奏終了後しばらく2人だったり3人だったり5人だったりではなしをさせてもらって
宇波さんが今度meennaから出る
直嶋岳史/川口貴大/ユタカワサキ/古池寿浩/竹内光輝/竹田大純/戸塚泰雄「Septet」に
私が参加していると思っていて
入ってるの?入ってないです
入ってるの?入ってないです(左手を縦にして左右に降る仕草)
語尾が聞き取れない入ってるの?入ってないです(左手と右手を交差させる仕草)
どこから出るのインプロからハハハ笑うとこじゃないよ
入ってるの?入ってないです(左手と右手を交差させる仕草)
というようなやり取りを経て22時ちょっと前においとまして
歩いて
(中略)
天下一品のラーメンを食べようと
(中略)
なぜか新地の入り口付近にふたつもベビーカステラ屋があって
より新地に近い方のところで買ったのだが
いつも春日野道付近の出店で買うものより同じ値段で量も少なくて味も劣っていて
おっさんの愛想も妙な感じだったが
それからタワレコ丸ビルに
(中略)
セブンイレブンに寄るために少し遠回りをして
マガジンとヤングジャンプとモーニングを立ち読みして
カップラーメンのコーナーで
(中略)
いまテレビにはNHKのサラリーマンネオというコント番組のようなものが映っていて
あらすじの羅列は小説(集)に成り得るだろうか
死ぬほどくだらないあらすじの羅列は小説(集)に成り得るだろうかと
考えているがたぶん成らなさそうなので
そろそろこれを書くのを切り上げてフロに入って寝ないと
FUTUROの冷房にやられたのか軽い頭痛がするので風邪をひいてしまうかもしれない。