いまそんなに積極的に音楽、とりわけ「歌」はまったく聴かないし長時間移動の時に持ち歩くipodにも入っていないのだけれど、ときたまyoutubeキリンジとか畠山美由紀とかフラッシュバックあの人とか安全地帯とか山下達郎とか聞くと、なんかこう脳というか精神のなにか特定の部分が刺激されている感じがちょっと分かる。どういうふうにかはちょっとまだよく分からない。とりあえずすっごい受動的だ。音楽を聞くっていうのは。 岡田暁生「音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉」に紹介されていた、三島由紀夫の音楽に対する怖れっていうのがよく分かる気がする。向こうからぼわーっと取り巻いてきて雰囲気だけを充満させていくので、それが気持ち悪いし、怖い。小中高くらいの時期に、テレビを見ない、音楽を聞かない、という生活を送ったら、どうなるのだろう。なんとなく、マシな大人になるような気がするが、気のせいだろうか、気のせいかもしれない。逆に言えば、雰囲気・イメージのない音楽っていうものがありえないというのが、面白い。そもそもあらゆるものに、雰囲気・イメージのないものはないとも言えるかもしれない。きくを変換するとなぜか気区というふうに変換されるのがむかつく。気区と。気区まで。聞くので。気区場合。なんだろうこの変換の仕方は。なんかの設定か?なんだ気区って。そんな区があるのか。桂枝雀「らくごDE枝雀」は昨日・一昨日やったかと思って六甲の自分の部屋のカレンダーを見てみたらまだ4月だったので5月に変える。桂枝雀「らくごDE枝雀」を読み終えたのは19日の木曜、梅田へ向かう阪急電車のなかで。大竹文雄「競争と公平感―市場経済の本当のメリット」はあとすこしで終わりそう。ちょっとだけ面白くなってきたかも。改めて読み返したらいろいろ面白いかも。五代目 柳家つばめ「落語の世界」、桂枝雀桂枝雀のらくご案内 枝雀と61人の仲間」、マーシャル マクルーハンエドマンド カーペンター「マクルーハン理論 電子メディアの可能性」、脇本平也「宗教学入門」をブックオフオンラインで。本を買うスピードが本を読むスピードをはるかに超えている。明日ちょっと私用で行けないのだけれど、FLOATでこういうのが。だんだん、それこそほんとにちょっとずつパブリックスペースになっている、ような気がする。FLOATを開く、という意味での「公園」というキーワードは蛇谷さんから出てきたものだけれど、なんというか、どっちかというと、公園というより公民館に近いのかもしれない。場の特性として。うちの母ちゃんは公民館を借りて、お花の教室をしたりしている。

[公園化計画]ISSをみる日


2010年5月16日(日) 19:00~22:30ごろ
場所:FLOAT(http://float.chochopin.net/)
入場料:無料


現在地球低軌道上を周回している、国際宇宙ステーション(ISS)の観測会です。
天文・宇宙についての話と、宇宙ステーションの観測などを行います。


国際宇宙ステーション観測の手順は簡単ですが、天候はもちろん、軌道が変動する事から直前まで日時の選択が難しく、もしかするとこの日時には観測できないかもしれません。ご了承ください。


企画 : FLOAT公園化計画(藤井菜摘)