「日本の経済」とかいうような大きな視点での物言いがいったいなにを指しているかといえば、けっきょくはテレビのニュースが伝えるただの情報としての経済状況くらいなのではないかと思いました。誰も全貌が見えないし、全貌を見ようとすると今度は細部が見えない。会社という組織を経験して思ったのは、どこに向かって仕事(生産)しているのかよく分からなくなる、ということで、まずひとつに「仕事が発生する」ということが実感として感じられない。仕事が発生するということは、誰かがものやことを欲しがっているということなのだけれど、その誰かの「必要」が実感として感じられない。基本的には、あらゆる案件は、分業という名の、個人と個人、さらには会社と会社のあいだの連携プレーで進んでいくので、仕事の発生=発注もそれに従って伝言ゲームのように遠くからやってくる。そうなると、最終的に自分のやったことが誰にどのようなものやことを提供するのか、ということがまったく見えない。自分のやっていることが、社会にどのような影響を及ぼしているのかぜんぜんイメージできない。仕事がきた、といっても、抽象的な「仕事」なるものとして、天から降ってきたみたいに思えてしまう。だからなのかなんなのか、自分のやっていることが、社会にどのような影響を及ぼしているのかぜんぜん考えることなく、目の前の「仕事」をゲーム感覚でやっつけていく、みたいになってしまいがちで、「仕事」をする=「会社」の役に立つ=「社会」の役に立つ、みたいななんだか分からない短絡でもって、自分を納得させしまいがちでもある。仕事ができる=社会に必要な人間ということになっているけれど、その仕事じたいが社会に必要なのかどうかはあまり問われない。そこを問うとできなくなるから、「仕事」が。仕事の内容はなんでもいいのだ、仕事ができさえすれば。にも関わらず、かっこいい仕事、好きな仕事、やりがいのある仕事、クリエイティブな仕事、自分を高められる仕事、にこだわるのは、なんなんだろう。もしも、自分のつくっているものが、社会の必要に答えてつくられているものではなく、売るためにつくられているもの、つくるためにつくられているもの、だとしたら、どうしたらいいのか。自分の仕事が及ぼす社会への影響なんてほとんどないとたかをくくって、生活=賃金のためにつくりつづけるのか。それとも自分の仕事はまわりまわって「日本経済」なる抽象的観念を支えている(はず)と考えて、自信を持って不要物をつくりつづけるのか。でも、生活=生活費=賃金=労働力の対価を求めて、やるしかないというのが、「仕事」なので仕事をするしかない。ああ、でも会社がどうこうっていうより、分業すなわち特化することすなわち職業、というものにどうこう言いたいのかどうなのか。職業って、言い換えれば、社会のなかでの限定されたなんらかの機能なんだろうけれど、たとえば、コンビニの店員さんは、品出し・レジ打ち機能。コンビニの店長さんはコンビニ運営(バイトのシフト管理、商品の管理もろもろ)機能。イス職人はイスつくり機能。野球選手は野球をプレーする機能。職業=ある限定された仕事の範囲=仕事を通した社会への責任の範囲、でもあるのだけれど、コンビニの店員さんは、品出し・レジ打ちが社会に及ぼす影響の範囲でしか仕事の責任は問われない。こういう状態って、個々が個々に与えられた責任の範囲でやっているけれど、いわゆる「見えざる手」によってぜんたいの秩序が生まれている、とでもいうのだろうか。でもなんかそれもおかしい気がする。職業でもって責任の範囲を固定しちゃうから、仕事以外はプライベートという「仕事/プライベート」の区分が生まれるんだろうし、それは専門外だ、とか、それは私の仕事ではない、とかいう住み分けもでてくる。帰りのJR神戸線快速姫路行き(塚口付近での子供の線路立ち入りにより18分遅れ)で読んだ、松原隆一郎「経済学の名著30」のJ・S・ミル「経済学原理」の紹介と解説がおもしろかった。

リカードは、自由な市場が停滞と階級対立を帰結するとした。大量生産・大量消費の時代を経て、現代の世界においては、そこに自然環境の制約が加わった。生産した財を使用した後もただちに廃棄せず工夫して繰り返し利用する文化が根づけば、付加価値としての国民所得の伸びは抑制されるにせよ、別次元の豊かさが実現されるだろう。のちにヴェブレンやボードリヤールらが批判的にとらえた消費における見せびらかしや差異化の競争も、ミルが直接に言及した仕事における出世競争と同様、消費をそのものとして他者との交わりのなかで楽しむという成熟により、脱却すべきものであろう。

「消費をそのものとして他者との交わりのなかで楽しむ」ということがどういうことなのかはいまひとつよく分からないけれども。字義通り捉えれば、それもまた結局は「見せびらかしや差異化の競争」になっていくような気はする。人間という生きものの感じからして。成熟するのかしら、人間って。だいたい成熟ってなんだろう。