■2007年6月28日(木) 
カフェバー・ポコペンにて
「com+position2」(2は上付き)
作曲・演奏:江崎將史、木下和重
磯端さんは作曲者としての参加を今後見送ることになったらしく
みつ君は体調不調のため急遽欠席


15時半くらいに電車に乗って岡本まで
昨日の1時くらいに
青木淳吾の「いい子は家で」に入っている「市街地の家」を読んで
「ふるさと以外のことは知らない」があるから面白いのか
これだけでも面白いのかいまひとつ分からないままに
そのあと2時くらいから
第一章まで読んで放置していながら突然読み始めた
ロラン・バルト「明るい部屋」を読みながら移動して
岡本で特急に乗り換えて西北あたりから乗ってきた女性が
十三で降りる時にハンカチを忘れて親切な人が忘れ物ですよと
言ってくれたのに言われていることにすら気付かずに降りてから
電車のガラス越しにバッグをごそごそやっている姿が見えていて
梅田に着いても誰もそのハンカチに触れようともしないので
仕方なく梅田の駅員に預けるかどうするか考えてもしまだ十三にいたら
直接渡す方が確実だし早いと思いハンカチをつかんで
特急の進行方向向かって左に左右のドアを両方とも開けて止まっていた
三宮行普通に進行方向左のドアが閉まりますとの
アナウンスにも関わらず挟まれそうになりながら乗り込んで
中津に一度止まり次が十三でやっぱり女性はどこにもいなくて
いたらいたでそれはそれで困るのだが
梅田行き特急に乗ってハンカチを忘れ十三で降りてしまった人は
もし駅員に落とし物を問い合わせるとしたらはたして
梅田と十三どちらの駅員に問い合わせるだろうか迷うところだが
十三の駅員に預ける事にしてサービスセンターの位置を示す案内を頼りに
行ってみるもののそれらしきものはなくておそらく改札のところの
係員詰め所のようなところがそうなのだろう。
なんとなく無愛想な反応を予想していたのだが若いからか愛想は良かったが
このハンカチは年末か年度末にどこかの催事場で売られるのだろうか
それともハンカチ程度の落とし物は捨てられてしまうのだろうか。
駅員にハンカチを預けたのち梅田行普通に乗って
梅田まで行く普通電車に乗って梅田の改札を出て右端の長いエスカレーターを降りて
左にある阪急三番街へ向かう下りエスカレーターに乗って降りたら左へ曲がって
まっすぐ行くと油で揚げないドーナツ屋が左にあってもっと行って地下鉄御堂筋線
切符売り場の近くにあるりそな銀行でお金を降ろしか下ろしかまだ分からないが
とにかくitohenへ向かうととここまで書いてitohenでやっていた二人展の
タイトルやら作家の方の名前やら覚えていなくて調べようにもさきほどibookから
LANケーブルを抜いて2階の自室の布団の上にいるのでなんとも調べようがなくて
本来は2階の自室にあるルーターから線をもうひとつ引っ張ってくるか
それとも1階に置いたままの鞄からその展示のDMを取ってくるかしかないが
こうやって書いているあいだにルーターから線を引っ張ってくることも
1階に置いたままの鞄からその展示のDMを取ってくることもできたと思うが
第三の選択肢として適当にうろ覚えのまま書き進めることにして
二人展の二人のうちの一人の清水さん(だったと思うが違うとも思う)の
「カラスグループB」のサブタイトルがベタだけどよくてこれはいちいち書かない。
観賞後いつものようにお茶を出してくれて飲みながらぼんやりして
フライヤーを覗いたりして枚方の洋裁学校の中にあるギャラリーで
これからある展示のDMの絵が妙にリアリティがあって
梅雨から初夏にかけての曇り気味の川沿いの地方都市といった趣きの絵で
同じような風景を写真で撮ったとしても私にとってのこの絵ほどには
リアリティを持ち得ないだろうと思ったがさすがに
こんな曖昧な情報ではまずいとも思うので
いまから1階に置いたままの鞄からその展示のDMを取ってくることにして
なんだか風邪っぽくふらふらするので1階で風邪薬を飲んでヤクルトを飲んで
itohenでいまやっている展示のDM と
枚方の洋裁学校の中にあるギャラリーでこれからある展示のDMを取ってきた。
itohenのは清水マコ+テラサキユミ2人展「静かな時間」で
枚方のsewing galleryのは三宅桂加個展だった。
itohenの人にお茶のお礼と湯飲みを返すと同時にカセットを渡して
谷町六丁目に向かうべく南東へ向かい天神橋筋六丁目の駅に向かう。
天神橋筋六丁目の駅の近くには大阪住まいのなんとかセンターみたいなものがあって
そこのエントランスに流れる音をクリストフ・シャルルがやっていて
以前この横を川口君と通った時には川口君曰く
(商店街と道路が交わる交差点にあるので)
カラオケの音とか周りの音で全然聴こえない
(から行かなくていいでしょ)という感じで
スルーしていたのでちょうどいい機会なのでしばらく佇んでみる。
いままで3枚出ているアルバムのそのどれもで聴いたことのある音が流れていて
(いま思ったのだがシャルルさんは同じ音素材の使い回しを
ひとつの方法/効果として戦略的にやっているような気もする。)
チーンという音キーッという音ピーッという音ボンビュオーンという音などで
それぞれ自転車のベルの音自転車のブレーキの音車のクラクションの音なんかに
対応しているのかと思ったりもするがどうなんだろうか関係ないとも思う。
20分くらい佇んでみたがだいぶ老齢のおじいさんが急にピタッと止まって
周りにぐるっと注意を向けていた(老齢になると人間は動物になる)以外は
誰も音に注意を向けている人はいなくてそれは意図されたものというよりは
もともとシャルルさんの音楽がそういうものだからそうなったというだけ
という感じが強くて聴こえないのがすごいともだめだとも思わずに適当に佇んだ。
天神橋六丁目から谷町六丁目までは地下鉄谷町線で13分くらいだと
itohenにいる時に携帯で調べていたので特に問題なく谷町六丁目に着いて
いつも来る度に思うのだが地上に出た時の方角がよくわからない。
6番出口から出て間違えそうになりつつも角に銀行があったことを思い出して
間違えずに済んでガソリンスタンドを回り込むかたちで谷町筋を北上して
gallery kaiへ常設展を見に行くと入り口横のショーウインドウのようなところに
ベルナール・フォコンのポストカードサイズの作品があって入って左から時計回りに
真月洋子、坂本淳、ベルナール・フォコン、津田直、原野純一の写真があった。
ギャラリーに入ると電気は点いていたが誰もいなくてひととおりぐるっと見て
チラシなんかが置いてある棚を見ていると突然オーナーらしき女性が出てきて
ちょっとした説明をしてくれてはなしを繋げずにいると奥の部屋に戻って
お茶を持ってきてくれてそのお茶を飲みながら置いてあった各作家の資料を
じっくり20分ほど見てからお茶のお礼を奥の部屋に向かって言うと
オーナーらしき女性が出てきて挨拶を交わして外に出ると19時くらいで
ポコペンに向かう前に事前に調べておいたカレー屋に行こうと思い谷町筋
南下しているとたこやき屋があったり美味しそうなパン屋があったりして
カレー屋には着いたもののちょっと高くてなんとなく入る気を削がれて
もと来た道を戻っているとさきほど横断歩道で信号待ちしている時に前にいた
女性がコンビニのおにぎりを食べながら歩いているのとすれ違って
おにぎりもいいかもしれないと思いコンビニで100円均一のおにぎりを
焼きおにぎりとおかかのふたつを買って焼き色がついているのは表面だけで
中は真っ白なやきおにぎりを歩きながら食べて食べ終わった頃に
楓ギャラリーの角に着いておかかの方は冷蔵庫に入れておいて
さっき賞味期限ではなく消費期限を2時間過ぎてから食べた。
ポコペンに着くと江崎さん木下さんみやけさんポコペン店主益山さんがいて
ラムとコーラを混ぜたやつを頼んで飲んだり益山さんと野良ネコのはなしをしたり
20時くらいにぼちぼち始めるかということで江崎さんと木下さんの
この曲から始めるのいやどれでもいいですよこれからにしますかというような
やりとりを経てまず木下さんの技法としてのスタッカートと時間の分割の曲を2曲。
1曲目はまたしても全体の印象はまったく覚えていないが聴いているあいだ
決められた(作曲された)ことをライブという流動的な場でやることの
その意味のようなものが目の前を横切って角を曲がってどこかに行ってしまったり
木下さんが言っていた音で時間を分割したときの空間の変わりようというようなことの
その意味のようなものが目の前を横切って角を曲がってどこかに行ってしまったりした。
ほんのすこしだが木下さんの曲を聴くことで前進できたと思う。
2曲目は技術的に難しいということで私がペンを持って指定のスピードで
楽譜の五つの線の上をなぞっていく指揮者というか進行役というか
DTMのシーケンスソフトでいうタイムラインの進むマーカーのような役目をするが
もしスピードが早くなったり遅くなったり次に行く小節を間違えたりしたら
どうなるんだろうかひょっとしたら間違うことを期待されているのかどうしようか
と思いながらも全力で職務を全うしたため観客の立場で聴くなんてできないし
かといって奏者の立場かというとまた違うという妙な立場で
音楽を体験することになった。
3、4曲目は江崎さんのいつものマークシート風楽譜の曲を続けて2曲。
切れ目無く2曲が演奏されてもパターンが変わるため曲が変わったことが分かる。
今回聴いていてマークシート風楽譜のパターンが
そのまま空間に映し出されているような錯覚を覚えた。
休憩中はみんなそれぞれになんやかんやとダラダラはなしをする。
木下さんが何かを表現しないと生きられない人間がいてそういう人は
生活という意味での生きることにぶつかった時どうすればいいんだろう
というようなことを言っていてほうそうかと思ったが
私は表現という概念を表に現すというところにまで拡大解釈しているので
何かを表現しないと生きられない人間がいるんじゃなくて
何かを表現しないと生きられないのが人間だと思っていて
だからといってそう思っているところで何の役にも立ちはしない。
休憩後は当日14時ごろ六甲の月森というカフェで思いついたという
オセロを使った曲でふたりでオセロをして
自分がひっくりかえした相手の石の数だけ発音していき
勝敗が決まったら左上から右下まで順に自分の石のところだけ発音していく
という最終的には江崎さんのマークシート風楽譜と同じ原理の楽譜が
オセロの盤上にできるというもの。
オセロの論理が作曲の論理を浸食するということなのだが同時に
作曲の論理もオセロの論理を浸食する。
ゲームのあいだも最終的に譜面になることを念頭に置いているため
終盤になって江崎さんの勝利が確定してからも楽譜としてひとつの曲として
どうしようかと木下さんは考えていたらしい。
終演後5人でダラダラとニ時間ほど話してみやけさんは先に帰り
11時ごろだったか私たち3人もポコペンをおいとまして
同じ駅で降りラーメンたろうというラーメン屋でラーメンを食べながら
またダラダラと話してしまい明日の仕事のため
早起きしなければならない木下さんにはすこし申し訳ない事をしたが
なかなか実り多い一日であったと昨日1時くらいに家についてしばらくしてから
書き始めて布団の上ibookをつけっぱなしで寝てしまって
起きてからダラダラと2、3時間かけて書き終わった頃に雨が降ってきた。