せっかくなので
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「無限」あるいは「無時間」を措定しないかぎり、
「等価」という概念が強度をもつことはないだろう。

アノニマス」をただ主張してみせることの、
裏返しの所有欲と超越欲、そして政治性。


http://d.hatena.ne.jp/n-291/20070209
写真家 福居伸宏さんの言葉より


無限に関しては、私が新たに始めた
テープレコーダーを2つ使うものと関係がありそうで、
アノニマスに関しては、いつも考えていることとと
なにかしら関係がありそうである。
匿名性・無名性それ自体には害はないけれど
それを主張するという「こと」によって
結局は所有欲と超越欲、そして政治性に取って代わられるか
何らかの文脈における何らかの価値として変換され消費される。


上記の特性によって匿名性・無名性は非常に扱いにくいけれど
それだけにたくさんの可能性もあるように思う。
(が、可能性なんてないのかもしれない)


「名指されない」という「もの/事態」は
意味も価値も生まれず存在すらしなくて、
意味も価値も生まれず存在すらしない「もの/事態」は
「名指されない」のではないか、
と書いてはみたものの、たぶん
アノニマス」という時のアノニマスとは
関係あるようでないようだといま気付く。


とはいっても
深澤直人やジャスパーモリソンの言う「普通を超えるふつう」というのは
位置付けが非常に難しいにも関わらず、なんとなく流通してしまって
なんとなくひとつのスタイル、流行として消費されてしまう気がして
恐ろしい反面、「ふつう」ほど極端なものもないと思う。