さらに追記

「そういう状況で音を出すことで、自分の音も音楽ではなくて
ただの音としての佇まいができないか考えながらやっている。」
と書いたがおそらくは、音楽として聴かれていない状況を
それ全体として録音してみることに興味があるのだと思う。


その中で自分はどういう風に聴いているかとなるとかなり曖昧で、
特に意識していないというのが一番近いと思うが、
そうはいってもその場にいる人たちの中では
僕が出している音を意味のあるものとして聴く
(音楽として聴く)のは僕だけだろう。


となると、音楽として聴かれていない状況の記録というのも
あまり正しくなくて、せいぜい
「何が聴くべき音か」という基準がない状況で
音を出した記録というくらいかもしれない。

最近の買物


・Christian Wolfarth / Wolfarth (For 4 Ears)

・Eric La Casa / Secousses Panoramiques (hibari music)

・Burkhard Stangl : 宇波拓 / I Was(hibari music)

・山内桂 : Michel Doneda / La Drache 白雨 (Improvised Music from Japan)


中原昌也 / 名もなき孤児たちの墓 (新潮社)
ラ・ロシュフーコー (内藤濯訳) / 箴言と考察 (岩波文庫)